こんにちは。Dr.Iです。

今回はちょっと真面目な話です。

 

みなさんは「うた」というと何を思い浮かべますか。

流行りの歌、懐かしの名曲、カラオケの持ち歌……そんなところでしょうか。

 

でもここで言いたいのはそういう歌ばかりではありません。

国語や歴史の授業をちょっと思い出してみてください。

万葉集にはじまり古今和歌集だの百人一首だの、日本には古来から「歌集」と呼ばれるものが存在しています。

万葉集などは世界的にも珍しい歌集です。天皇から農民まで、地位の貴賎を問わず一つにまとめられた歌集など万葉集以外にはないとすら言われています。

 

日本では古来から言葉に不思議な力が宿ると信じられてきました。ですから万葉集のような膨大な歌をおさめた歌集が作られたのです。想いを乗せて歌をつづることは希望を実現するための手段であったと言っても言い過ぎではないでしょう。

 

言葉や歌になんらかの力が宿る、という考え方は、おそらく現代においてもそうでしょう。「縁起が悪いことは言うな」と言われずに育つ人などいないでしょう。これは縁起が悪いことを言うと本当に悪い事が起るかもしれない、そう無意識に思っている人が多いことの証拠です。そこまでは思ってないとしても、縁起が悪いこと、例えば飛行機が落ちるかもしれない、などと言って、ほんとうに飛行機が落ちてしまったら、それを言った人は間違いなく白い目で見られ、また責められもするでしょう。日本文化の最大の特徴はこの点にあるという人もいるくらいです。

 

さて話は変わりますが、私は訪問診療で摂食・嚥下機能障害の方を主として診察しています。いろんな病気が原因で食べられない、飲み込めないという方々の診察および治療です。そんな方々の共通点は、言葉がはっきりと喋れない、ということです。これは当然の話でもあります。言葉を話すことと、物を食べて飲み込むことは、簡単に言えば入れるか出すかの違いだけで、どちらも口やのどをしっかり働かせないとできないことなのですから。

 

従って飲み込む時の動きに似せた発音運動、つまりパタカラ体操は飲み込む力が衰えるのを防ぐ、と考えられ、例えば介護施設などではよく行われています。実際には飲み込む運動には「ン」の動きも必要ですし、似たような運動だけが効果的なのかどうかもよくわかっていませんが。

 

私は少なくとも摂食・嚥下機能障害の「予防」においては、パタカラに限らず、いろんな言葉を話し、いろんな歌を歌う方が良いのではないかと思っています。意味不明の言葉を出しても、その発音だけが目的になってしまいますし、会話や歌の方が口の動きは複雑になり、息継ぎや唾を飲み込む動作も増えますから、口やのどの運動や機能を維持するには良いと思っています。

 

その意味では、言葉や歌に不思議ではない力があります。はっきりと声に出して会話したり歌を歌ったりすることには、摂食・嚥下障害を防ぐ力があるのです。飲み込みに不安がある、よくむせる、そんな方はまず歌ってみましょう。歌うのが苦手なら声に出して本や新聞を読んでみても良いでしょう。

私が最近勧めているのは百人一首です。昔の言葉なので言葉にしにくいかもしれませんが、たった31文字ですし、節をつけることで口やのどの強化にもなります。

 

和歌など意味もわからないし話しにくい、そういう方には狂歌というものもあります。別に強化にかけたつもりはありませんが。皮肉や風刺で面白いので和歌よりは覚えやすいかもしれません。

一休さんを知らない方はいないでしょう。とんちで有名な一休さんは狂歌の名手です。個人的には日本最高の狂歌師だと思います。そんな一休さんの最低な狂歌を紹介して、今日の話はここまでとさせていただきます。

 

こくらくを いつくのほととおもひしに 杉葉立たる 又六が門

医療法人阡周会